日時:2021年2月7日(日)午後6時から翌8日(月)午前3時まで
■アイヌ語口承文芸コーパス―音声・グロス付き―とは
ここ10年間で、言語が消滅の危機にさらされているということは世界的に認知されてきました。また、言語ドキュメンテーションは、危機言語のデータを用いた多目的コーパスの構築を中心に独立の分野として確立されてきています。
現在、アイヌ語の危機的な状況は深刻です。しかし、アイヌ語はもともと文字を用いない言語でしたが、一世紀以上前からさまざまな表記法が模索され、また筆録や音声の録音によって人々が記録に努めてきたおかげで、アイヌ語やアイヌ文化、アイヌの口承文芸に関する資料は豊富に残されています。よって、アイヌ研究は今後も絶えることなく、国際的により広く発表されることで成長もしていくことでしょう。そうした研究は、これから先、似たような状況にあるほかの危機言語コミュニティとの繋がりも強めていくはずです。
『アイヌ語口承文芸コーパス―音声・グロスつき―』は、日本語と英語による訳とグロスや注解がついた初めてのアイヌ口承文芸デジタル集成です。ここで扱った音声資料の大半は、中川裕が1977年から1983年に記録し、非常に優れたアイヌ語話者で語り部でもあった木村きみさん(1900-1988、沙流川上流域のペナコリ出身)が語ったものです。きみさんは、日本語よりもアイヌ語を自由に使えるほどの技量を持っていた方でした。その物語の豊富なレパートリーと語り口のテンポのよさには圧倒されます。
ロンドン大学SOASの危機言語アーカイヴでは、言語資料を安全に長期間保管する場所が提供されており、当該音声ファイルもRausing基金による危機言語ドキュメンテーションプログラムの研究費プロジェクト「アイヌ語沙流方言のドキュメンテーション」(2007-2009;研究代表者:アンナ・ブガエワ)の研究成果の一部としてそこに保管されていました。保管されたファイルhttp://hdl.handle.net/2196/00-0000-0000-0001-E77F-Aは、物語23編(ウエペケㇾ(散文説話)20編、カムイユカㇻ(神謡)3編;全録音時間は約7時間、アイヌ語の延べ語数は44,717語)です。
2015年度、グロスつきの物語10編(ウエペケㇾ(散文説話)8編、カムイユカㇻ(神謡)2編)を公開しました。これは録音時間にして約3時間分です。
本コーパスは、2015年度成果物刊行助成経費を受け、国立国語研究所共同研究プロジェクト「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」(プロジェクトリーダー:ジョン・ホイットマン;そのなかのアイヌ語班リーダー:アンナ・ブガエワ)と「日本の消滅危機言語・方言の記録と伝承」(プロジェクトリーダー:木部暢子)の研究成果の一部として作成したものです。
2017年度、13編の物語(ウエペケㇾ(散文説話)12編、カムイユカㇻ(神謡)1編)を公開しました。これは録音時間にして約4時間分です。これは国立国語研究所研究プロジェクト「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」(プロジェクトリーダー:木部暢子)の成果の一部として作成したものです。
アイヌ語テキストの文字化は、中川裕(千葉大学教授、アイヌ語班メンバー)とアンナ・ブガエワ(国立国語研究所特任准教授、アイヌ語班リーダー)、和訳は中川裕、英訳はブガエワ・アンナ(協力:セラー・ルメ氏)が担当しました。英語と日本語によるグロス(形態論情報)付けは、アンナ・ブガエワの監督のもと小林美紀(千葉大学博士課程、国立国語研究所プロジェクト非常勤研究員、アイヌ語班メンバー)が行いました。
2019年度、7編の物語(ウエペケㇾ(散文説話)3編、カムイユカㇻ(神謡)4編)を公開しました。録音時間にして約1時間分です。これは1999年から2000年にブガエワ・アンナが採録した、アイヌ語千歳方言話者の小田イトさん(1908-2000)の音声資料(ブガエワ・アンナ(2004)『アイヌ語千歳方言の文法と口承文芸―小田イトの個人語―』(ELPR A2-045), 大阪学院大学)の一部です。和訳と日本語グロス付けは、アンナ・ブガエワ(東京理科大学/国立国語研究所)の監督のもと吉川佳見(千葉大学博士課程、国立国語研究所プロジェクト非常勤研究員)が行いました。
2020年度、8編の物語(ウエペケㇾ(散文説話)6編、カムイユカㇻ(神謡)2編)を公開しました。録音時間にして96分です。これは1999年から2000年にブガエワ・アンナが採録した、アイヌ語千歳方言話者の小田イトさん(1908-2000)の音声資料(ブガエワ・アンナ(2004)『アイヌ語千歳方言の文法と口承文芸―小田イトの個人語―』(ELPR A2-045), 大阪学院大学)の一部です。和訳と日本語グロス付けは、アンナ・ブガエワ(東京理科大学/国立国語研究所)の監督のもと吉川佳見(千葉大学博士課程、国立国語研究所プロジェクト非常勤研究員)が行いました。小田イトさんのテキストのアイヌ語の延べ語数は14,285語であり、これでコーパスのアイヌ語の延べ語数が59,002 語に達しました。そして何よりも、このオンラインシステムを構築した赤瀬川史朗氏(Lago NLP)の協力があってはじめて、このような成果が実現したと言えるでしょう。こちらも国立国語研究所研究プロジェクト「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」(プロジェクトリーダー:木部暢子)の成果の一部として作成したものです。
このコーパスが、今まさにアイヌ語・アイヌ文化復興への道のりを歩むアイヌ民族に、言語学者や文化人類学者の国際的なコミュニティに、アイヌ語に興味を抱くすべての人に役立つことを、そして、人類の知的遺産としてかけがえのない口承文芸のためになることを心より願っています。
2021年2月22日、東京
中川裕、アンナ・ブガエワ、小林美紀、吉川佳見
■木村きみさんについて
拍子をとりながらアイヌの歌(ウポポ)を歌っているところ
伝統的なアイヌの衣服を着ている
私が木村きみさんと始めて出会ったのは、1977年8月21日、当時東京大学の学部4年生で、早稲田大学の田村すず子先生の主催する2回目のアイヌ語合宿に参加した時であった。1978月1月にアイヌ語に関する卒論を提出後、同年3月21日に初めてひとりできみさんのもとを訪れ、以来1988年4月28日にきみさんが亡くなるまで、10年間にわたって毎年、下荷負のバス停の前にあるきみさんの自宅に通った。私の1980年に東京大学人文科学研究科に提出した修士論文「アスペクト的観点から見たアイヌ語の動詞」は、この木村きみさんと、その従妹である川上まつ子さんからの聞き取りに基づくものである。きみさんは日常的には日本語で生活していたが、その日本語の発音は明らかにアイヌ語の影響を受けており、その下の世代の人たちとはその点ではっきり違っていた。アイヌ語の物語を無尽蔵に記憶しており、そのレパートリーの広さにおいて群を抜いていたばかりでなく、物語の展開のテンポのよさと、感動的な話を選んで語るそのセンスも人並み外れたものであった。「他人の悪口を言わない」ということを信条としてまっすぐに生きた人であり、アイヌだということで差別を受けたとか、アイヌであることに引け目を感じたなどということを、ただの一度も口にしたことがなかった。私の伝統的なアイヌ文化に対する理解、観念は、基本的にこの木村きみさんを通じて形成されたものであると言ってよい。
中川裕
■木村きみさんについて
拍子をとりながらアイヌの歌(ウポポ)を歌っているところ
伝統的なアイヌの衣服を着ている
私が木村きみさんと始めて出会ったのは、1977年8月21日、当時東京大学の学部4年生で、早稲田大学の田村すず子先生の主催する2回目のアイヌ語合宿に参加した時であった。1978月1月にアイヌ語に関する卒論を提出後、同年3月21日に初めてひとりできみさんのもとを訪れ、以来1988年4月28日にきみさんが亡くなるまで、10年間にわたって毎年、下荷負のバス停の前にあるきみさんの自宅に通った。私の1980年に東京大学人文科学研究科に提出した修士論文「アスペクト的観点から見たアイヌ語の動詞」は、この木村きみさんと、その従妹である川上まつ子さんからの聞き取りに基づくものである。きみさんは日常的には日本語で生活していたが、その日本語の発音は明らかにアイヌ語の影響を受けており、その下の世代の人たちとはその点ではっきり違っていた。アイヌ語の物語を無尽蔵に記憶しており、そのレパートリーの広さにおいて群を抜いていたばかりでなく、物語の展開のテンポのよさと、感動的な話を選んで語るそのセンスも人並み外れたものであった。「他人の悪口を言わない」ということを信条としてまっすぐに生きた人であり、アイヌだということで差別を受けたとか、アイヌであることに引け目を感じたなどということを、ただの一度も口にしたことがなかった。私の伝統的なアイヌ文化に対する理解、観念は、基本的にこの木村きみさんを通じて形成されたものであると言ってよい。
中川裕
■小田イトさんについて
1998年7月から2000年6月にかけて、当時北海道大学の大学院生だった私は、アイヌ語千歳方言(北海道)の最後の話者の一人である小田イトさん(1908-2000)のもとで調査を行い、テキスト採録と文法記述を行いました。これを元とした『アイヌ語千歳方言の文法と口承文芸―小田イトの個人語―』(博士論文改訂版)は2004年に公刊されていますが、今回、こちらの採録テキストをオンラインコーパスに加えることとなりました。
1989年、1990年に研究者グループによってインタビュー調査が行われたとき(北海道教育庁社会教育部文化課編1990, 1991を参照)、イトさんは、同席した白沢ナベさん(1905-1993)の存在もあってか、自身のアイヌ語能力を明らかにしませんでした。私が初めてイトさんにお会いしたとき、イトさんはアイヌ語力に自信がないようでしたが、交流を深めていくうちにどんどんアイヌ語を思い出し、そのアイヌ語・アイヌ文化に関する知識の広さは驚くべきものでした。
イトさんの健康状態を考慮し、インタビューは週に1度で、1回につき30分から1時間としていました。それでもイトさんは、私がアイヌ語に興味をもっていることを嬉しく思い、アイヌの知識を伝える機会があることをたいへん喜んでいました。インタビューのほとんどは、イトさんが滞在していた病院で行いました。総時間2時間17分、計15本の口承文芸(カムイユカㇻ「神謡」6本、ウエペケㇾ「散文説話」9本)を採録しました。すべて、イトさんとの話し合いを通して記録・翻訳を行ったものです。
最後に、イトさんのお人柄について少し触れたいと思います。イトさんはとても親切な方で、お子さん方(ヒサオさん、セイコさん、トモコさん)も私にとても親切にしてくださいました。イトさんを紹介してくださった佐藤知己教授によると、「イトさんはアイヌ文化、特に宗教的信仰について多くの知識を持っていたが、非常に謙虚であり、他人の前で能力を顕示することはなかった(これらの分野に関するイトさんの知識については松居1993を参照)。とても親切で優しい淑女であり、周りの人々を平和で幸せな気持ちにさせる、不思議な力を持っているように感じた。」といいます(ブガエワ 2004)。イトさんと共に仕事ができたことに感謝し、生涯忘れません。
アンナ・ブガエワ
参考文献
ブガエワ,アンナ(2004)『アイヌ語千歳方言の文法と口承文芸―小田イトの個人語―(文部科学省特定領域研究 環太平洋の「消滅に瀕した言語」にかんする緊急調査研究 A2-045)』(CD1枚付き)大阪学院大学.
北海道教育庁社会教育部文化課編(1990)『アイヌ民俗文化財調査報告書(アイヌ民俗調査9 千歳)』北海道教育委員会.
北海道教育庁社会教育部文化課編(1991)『アイヌ民俗文化財調査報告書(アイヌ民俗調査10 千歳)』北海道教育委員会.
松居友(1993)『火の神の懐にて―ある古老が語ったアイヌのコスモロジー』宝島社.
■木村きみさんについて
拍子をとりながらアイヌの歌(ウポポ)を歌っているところ
伝統的なアイヌの衣服を着ている
私が木村きみさんと始めて出会ったのは、1977年8月21日、当時東京大学の学部4年生で、早稲田大学の田村すず子先生の主催する2回目のアイヌ語合宿に参加した時であった。1978月1月にアイヌ語に関する卒論を提出後、同年3月21日に初めてひとりできみさんのもとを訪れ、以来1988年4月28日にきみさんが亡くなるまで、10年間にわたって毎年、下荷負のバス停の前にあるきみさんの自宅に通った。私の1980年に東京大学人文科学研究科に提出した修士論文「アスペクト的観点から見たアイヌ語の動詞」は、この木村きみさんと、その従妹である川上まつ子さんからの聞き取りに基づくものである。きみさんは日常的には日本語で生活していたが、その日本語の発音は明らかにアイヌ語の影響を受けており、その下の世代の人たちとはその点ではっきり違っていた。アイヌ語の物語を無尽蔵に記憶しており、そのレパートリーの広さにおいて群を抜いていたばかりでなく、物語の展開のテンポのよさと、感動的な話を選んで語るそのセンスも人並み外れたものであった。「他人の悪口を言わない」ということを信条としてまっすぐに生きた人であり、アイヌだということで差別を受けたとか、アイヌであることに引け目を感じたなどということを、ただの一度も口にしたことがなかった。私の伝統的なアイヌ文化に対する理解、観念は、基本的にこの木村きみさんを通じて形成されたものであると言ってよい。
中川裕
■構成・表記・グロスについて
本コーパスには10話のテキストが収録されています。各テキストには参照番号が付いています。この番号には木村きみさん(語り部)を指すK、オリジナルテープの録音年月日とその日に収録した何番目のテキストであるかを表わす数字、口承文芸のジャンル情報(Uは散文説話、KYは神謡)が含まれています。
例えば、K8010291UPは「話者木村きみさん 1980年10月29日1つ目の録音テキスト ジャンル散文説話」を意味し、K7807152KYは「話者木村きみさん 1978年7月15日2つ目の録音テキスト ジャンル神謡」を意味します。
全てのテキストの題名は編集者が付けたものであり、語り部自身が付けたものではありません。
それぞれのテキストは番号を付した行に分割されています。この行はおおよそ文に相当しています。 番号を付した各行はテキストを中心に以下の7行から構成されています。翻訳(ⅵ) (ⅶ)はテキスト(ⅰ) (ⅱ)に対応し、グロス(ⅳ) (ⅴ)は語構成(ⅲ)に対応しています。
(ⅰ) | テキスト(カタカナ表記) |
(ⅱ) | テキスト(ローマ字表記) |
(ⅲ) | テキスト(ローマ字表記):語構成 |
(ⅳ) | 英語グロス:形態素ごとの解釈 |
(ⅴ) | 日本語グロス:形態素ごとの解釈 |
(ⅵ) | 日本語訳 |
(ⅶ) | 英訳 |
解釈に疑問が残る点については「?」を記してあります。
人称接辞は「=(イコール)」で区切って表示しました。
ローマ字表記は基本的に音韻表記であり、(ⅱ)テキスト(ローマ字表記)と(ⅲ)テキスト(ローマ字表記):語構成の二つの行に使われています。
母音記号としては/a/, /e/, /i/, /o/, /u/の5つ、子音記号としては/p/, /t/, /k/, /m/, /n/, /s/, /c/, /h/, /r/, /y/, /w/の11文字を用いて記しています。このうち、/c/は[tʃ]を表わします。
また、声門閉鎖音/ ’/を子音の一つとして表記する方法もありますが、本コーパスではこれを用いません。声門閉鎖音は、単独で発音できず、他に子音音素が無ければ語頭(また音節頭)に自動的に入れられている子音のことですが(以下の例(a))、しばしば脱落することがあります。このときに、声門閉鎖音の脱落した語は前の語と繋げて発音されることになるので、これをカタカナ表記により示しています(以下の例(b))。
例 | (a) | ayneの語頭に声門閉鎖音有り oka=an ayne オカ アン アイネ [’o.ka. ’an.’ay.ne] |
(b) | ayneの語頭に声門閉鎖音無し oka=an ayne オカ アン アイネ(アナイネ) [’o.ka .’a.nay.ne] |
|
(K7708242UP.306) | ||
※例の「.」は語頭以外の音節頭を表わしています。 |
発音上変化が起こる箇所(音韻交替が起こる箇所)は、変化する部分の直後に「_(アンダーバー)」を置くことでそれを表示しました。
例 | 語頭のhが脱落することがあります。hine→h_ine |
語頭のyが脱落することがあります。ya→y_a |
また、韻文中で音の挿入が起こる際には、挿入される音を< >に入れて示しました。
例 | u otke→u <y>otke (K7807151KY.047) |
実際には発音されてはいないが、アイヌ語文法上必要だと思われる単語または形態素は[ ]で示しました。
アイヌ語には高低アクセントがありますが、ここではアクセント記号は付けていません。基本的には、第一音節が開音節の場合は第二音節に、第一音節が閉音節の場合は第一音節に来るという規則にしたがっています。ただ、例外も多少あるので、各単語のアクセントを確かめたい方は田村 (1996) をご参照ください。
(ⅲ)の語構成はテキストの一単語をできる限り意味のある単位(形態素)に分解し、一単語にそういった意味の単位が一つ以上ある場合、「- (ハイフン)」で区切って表示しました。
例 | po-sir-e-sik-te(K7798242UP.296) |
(子ども-あたり-~で-満ちる-~させる)「子どもがたくさん生まれる」 | |
逐語的な解釈では「あたりを子どもで満たす」 |
カタカナ表記はまず一語ごとの発音を表示しています。
● | 音韻交替が起こる場合はローマ字表記では語形を表示し、変化する部分の直後に「_(アンダーバー)」を置くことで変化が起こることを示していますが、カタカナ表記では変化が起こった形での発音を示しています。 |
例h_ine イネ(K7708242UP.100) |
● | ある音が別の音に続くことで、どちらかの音が変化する場合は一語ごとの発音の後に( )で示しました。 |
例or_ ta オロ タ(オッタ)(K7708241UP.016) |
● | 単語を連続して発音する際につなげて発音する場合は、一語ごとの発音を示した上で最後の単語の後に( )で示しました。 | |||
例hawean h_i ハウェアン イ(ハウェアニ)(K7708241UP.042) |
● | rの後にtが続くことでrがtになることがあります。 |
例or ta→/otta/: or_ ta オロ タ(オッタ) 「~のところに」 | |
(K7708241UP.016) |
● | rの後にcが続くことでrがtになることがあります。 |
例oar cinihi→/oatcinihi/: oar_ cinihi オアラ チニヒ(オアッチニヒ) 「片足」 | |
(K7807151KY.072) |
● | rの後にrが続くことで最初のrがnになることがあります。 |
例kikir rek→/kikinrek/: kikir_ rek キキリ レク(キキンレク) 「虫が鳴く」 | |
(K7908051UP.130) |
● | rの後にnが続くことでrがnになることがあります。 |
例utar ne→/utanne/: utar_ ne ウタラ ネ(ウタンネ) 「仲間である」 | |
(K7708242UP.295) |
● | nの後にsが続くことでnがyになることがあります。 |
例pon saranip→/poysaranip/: pon_
saranip ポン サラニプ(ポイサラニプ) 「小さい背負い袋」 |
|
(K7803231UP.051) |
● | nの後にwが続くことでwがmになり、nもmになることがあります。 |
例an wa→/amma/: an w_a アン ワ(アンマ) 「(~が)いて」 | |
(K8010291UP.304) |
● | mの後にwが続くことでwがmになることがあります。 |
例isam wa→/isamma/: isam w_a イサム ワ(イサムマ) 「(~が)いなくなって」 | |
(K7803232UP.133) |
hineは語頭のhが脱落し、前の単語と続けて発音される場合が多く見られます。それによりan hineはアニネと発音される場合もありますが、さらにはiも脱落してアンネと聞こえる場合が多く見られます。
akusuやsorekusuは語末のuが脱落する場合がありますが、直前のsも共に脱落して、アク、ソレクと聞こえる場合があります。
グロスは語構成の行に対応し、語構成で示した意味のある単位(いわゆる形態素)の一つ一つに対して解釈を与えています。
グロスに用いている略号は次の通りです。
日本語グロスは出来るだけ文法的な用語でなく、より具体的な語(「」)を示しました。
例 | (ⅲ) | i-mi-re(K7908051UP.275) |
(ⅳ) | APASS-wear-CAUS | |
(ⅴ) | もの-~を着る-~させる (逆受動-~を着る-使役 ※英語グロス(ⅳ)の日本語訳) |
英語グロス | 日本語グロス | ||
1/2/3/4 | 1st /2nd /3rd / 4th person | 1/2/3/4 | 1/2/3/4 人称 |
A | transitive subject | 他主 | 他動詞主語 |
ADM | admirative | 「であったのだ」 | 感嘆 |
ADV | adverbial | 副 | 副詞形成接尾辞 |
APASS | antipassive | 「もの-/ひと-」 | 逆受動 |
APPL (about.APPL, at.APPL, at/with.APPL, by.APPL, for.APPL, from.APPL, in.APPL, to.APPL, towards.APPL, with.APPL) | applicative | 「~で/~について/~に/~とともに/~に対して/~のために/~と」等 | 充当態 |
CAUS | causative | 「~させる」 | 使役 |
CLF | classifier | 「人.類別/つ.類別」 | 類別 |
COMP | complementizer | 「.こと」 | 補文標識 |
COP | copula | 「~である」 | コピュラ |
DESID | desiderative | 「したい」 | 願望 |
DIM | diminutive | 指小 | 指小辞 |
EMPH | emphatic particle | 強調 | 強調詞 |
EP | epenthetic consonant | 挿入 | 挿入子音 |
EXC | (1st person plural) exclusive | 除外 | 除外的(1人称複数) |
EXCL | exclamatory particle | 「なんとまあ」 | 感嘆詞 |
FIN | final particle | 「わ」 | 終助詞 |
HAB | habitual | 「何度もする」 | 習慣 |
IMP.POL | imperative polite | 命令.丁寧 | 命令形.丁寧 |
INFR.EV | inferential evidential | 「~のこと」 | 推量の証拠性 |
INTR | intransitivizer | 自形成 | 自動詞形成接尾辞 |
ITR | iterative | 反復 | 反復 |
NEG | negation | 否定 | 否定 |
NI | noun incorporation | 名抱合 | 名詞抱合 |
NMLZ | nominalizer | 「の」 | 名詞化辞 |
NONVIS.EV | nonvisual evidential | 「感じ/~の感じ」 | 非視覚的感覚の証拠性 |
O | object | 目 | 目的語 |
P.RED | partial reduplication | 部分重複 | 部分重複 |
PERF | perfect | 完了 | 完了 |
PF | prefix | 接頭 | 接頭辞 |
PL | plural (on nouns and verbs) | 複 | 複数(名詞にも動詞にも) |
POSS | possessive | 「~の」 | 所有 |
PROH | prohibitative | 「決してするな」 | 禁止 |
Q | question | 「か」 | 疑問 |
QUOT | quotative | 「と」 | 引用 |
REC | reciprocal | 「互い」 | 相互 |
REFL | reflexive | 「自分」 | 再帰 |
REP.EV | reportative evidential | 「の話」 | 伝聞の証拠性 |
RES | resultative | 「された」 | 結果 |
RFN | refrain | サケヘ | サケヘ |
RTM | rhythm | 虚辞 | 虚辞 |
S | intransitive subject | 自主 | 自動詞主語 |
SG | singular | 単 | 単数 |
SGST | suggestive (final particle) | 「よ」 | 示唆的(終助詞) |
TOP | topic | 「は」 | 主題 |
TR | transitivizer | 他形成 | 他動詞形成接尾辞 |
VIS.EV | visual evidential | 「~の様子」 | 視覚の証拠性 |
編集作業において主に参考にした文献は次のとおりです。
奥田統己(編)、1999『アイヌ語静内方言文脈つき語彙集(CD-ROMつき)』札幌学院大学 |
萱野茂、1996『萱野茂のアイヌ語辞典』三省堂 |
久保寺逸彦(編)、1992『アイヌ語・日本語辞典稿―久保寺逸彦 アイヌ語収録ノート調査報告書―』北海道教育委員会/北海道文化財保護協会 |
佐藤知己、2008『アイヌ語文法の基礎』大学書林 |
田村すず子、1996『アイヌ語沙流方言辞典』草風館 |
知里真志保、1953『分類アイヌ語辞典 植物篇・動物篇』:知里真志保(1973-74)『知里真志保著作集 別巻Ⅰ』(平凡社)所収 |
知里真志保、1954『分類アイヌ語辞典 人間篇』:知里真志保(1973-74)『知里真志保著作集 別巻Ⅱ』(平凡社)所収 |
知里真志保、1956(1984)『地名アイヌ語小事典』北海道出版刊行企画センター |
中川裕、1995『アイヌ語千歳方言辞典』草風館 |
服部四郎編、1964『アイヌ語方言辞典』岩波書店 |
Batchelor, John. 1938 (1995). An Ainu-English-Japanese Dictionary (『アイヌ・英・和辞典』)岩波書店 |
小林美紀
■アイヌ語の基礎
アイヌ語の系統関係は不明で、おそらく日本語族とも関係を持ちません。しかしながら、長年の言語接触によってアイヌ語は日本語に影響を受けてきました。決定的なものとして、音韻体系や主語・目的語・動詞 (SOV) 語順の類似、さらにいくつかの分析的な文法構造においても見るからに明らかな類似が確認できます。
とはいえ、より深いレベルで見れば、アイヌ語と日本語は構造的にかけ離れた言語です。そのため、ここでは主としてアイヌ語と日本語の「違い」にフォーカスを合わせて説明していきます。「違い」は同時にアイヌ語の基本的特徴を表し、読者のみなさまがテキストを理解するためのエッセンスとなるからです。
(1) |
コタン |
kotan |
村 |
village |
コロ |
kor |
~を持つ |
have |
ウタラ |
utar |
親族/人々 |
kin/people |
アエプ |
aep |
食料 |
food |
ウウェカラパレ |
uwekarpare |
~を集める |
gather |
パ |
pa |
複 |
PL |
主語の kotan kor utar「村人たち」(直訳:村を持つ人々)と目的語の aep「食料」は格が標示されていません。ここでは、主語と目的語で示される参与者の両方が三人称(彼(ら)/彼女(ら)/それ(ら))です。従って、どちらが主語で目的語なのかは、それらの文における相対的な序列 (SOV) と文脈だけがある程度の手がかりとなります。
主語や目的語が三人称ではない場合、述語(=動詞)は特別な標示を用いて主語・目的語の人称や数に一致させます。
(2) |
エアニ |
eani |
2単(あなた) |
2SG(you) |
イヨッタ |
iyotta |
一番 |
extremely |
エ= |
e= |
2単.自主(あなた)= |
2SG.S(you)= |
ポン |
pon… |
小さい |
be.small |
pon「小さい、若い」は、形容詞のように見えるかもしれませんが自動詞です。アイヌ語では、全ての「形容詞」が自動詞の下位分類になります。そのうえでこの文を見ると、動詞の pon「小さい、若い」が、二人称単数自動詞主語標示 e=(二人称単数)をとっており、この文の主語である二人称代名詞の eani「あなた(単数)」に一致していることがわかります。
まさに日本語と同じように、アイヌ語も代名詞を用いないのが最も自然な文です(eani「あなた」を用いた (2) と代名詞無しの (3) の文を参照)。ただし、動詞につく人称標示は省略することができません。もし省略してしまうと、三人称の主語あるいは目的語という (1) のような解釈になってしまうからです。
(3) |
ナ |
na |
yet |
まだ |
エ= |
e= |
2SG.S= |
2単.自主= |
ポン |
pon |
be.small |
小さい |
クス |
kusu |
because |
ので |
i. | 自動詞と他動詞は、格標示のない(裸の)名詞がいくつあるかで区別されます((1)と (2)を参照)。また、三人称にはありませんが、動詞につく標示を他動詞は二つ(主語と目的語にそれぞれ一つ)とることができ、その点で自動詞と区別されます。 |
(4) |
エチ= |
eci= |
2PL.A= |
2複.他主= |
エン= |
en= |
1SG.O= |
1単.目= |
ホトゥイェカラ |
hotuyekar |
call |
呼ぶ |
ヤク |
yak |
if |
したら |
ピリカ |
pirka |
be.good |
よい |
プ |
p |
but |
だが |
ii. | 自動詞と他動詞の違いは、主語を表す人称標示のいくつかにも見られます。人称のなかでも、例えば、除外的一人称複数(つまり、「私と彼(ら)/彼女(ら)」という意味での「私たち」)は、自動詞と他動詞とで主語に対して別々の人称標示を用います。(5) は他動詞が ci=「私たち」を、(6) は自動詞が =as「私たち」を主語標示として用いている例です。このように自動詞と他動詞は一貫して区別されるため、本コーパスでは、グロスの ‘S’ が自動詞主語を、 ‘A’ が他動詞主語を表すようにしました。 |
(5) |
チ |
ci= |
1PL.EXC.A= |
1複.除外.他主= |
キ |
ki |
do |
~をする |
パ |
pa |
PL |
複 |
(6) |
オカイ |
okay |
exist.PL |
ある.複 |
=アシ |
=as |
=1PL.EXC.S |
=1複.除外.自主 |
アクス(アサクス) |
akusu |
then |
すると |
アイヌ語の一風変わった特徴は、一人称と二人称の動詞標示(三人称は無標示)に加えて、四人称という「さらなる人称」があることです。「四人称」とは、多くの機能に対してつけた共通のラベルです。それらの機能は様々ですが、同じ標示を完全にあるいは部分的に共有しており、歴史的な関連性も見込まれています(表1)。
代名詞 (A/S/O) | A標示 | S標示 | O標示 | |
一人称単数 | kani「私」 | ku= | ku= | en= |
一人称複数除外形 | cóka「私たち(私と彼(ら)/彼女(ら))」 | ci= | =as | un= |
二人称単数 | eani「あなた」 | e= | e= | e= |
二人称複数 | ecioká「あなたたち」 | eci= | eci= | eci= |
三人称単数 | sinuma「彼/彼女」 | Ø | Ø | Ø |
三人称複数 | oka「彼ら/彼女ら」 | Ø | Ø | Ø |
四人称: | ||||
1. 不定人称「(一般的な)人」 | ― | a= | =an | i= |
2. 一人称複数包括形 | aoka「私たち(あなたと私)」 | a= | =an | i= |
3. 二人称(単・複数)敬称 | aoka | a= | =an | i= |
4. ロゴフォリック(単数) | asinuma | a= | =an | i= |
5. ロゴフォリック(複数) | aoka | a= | =an | i= |
本コーパスのテキストの理解に最も重要なのは、いわゆる「ロゴフォリック」という四人称の機能です。なぜなら、大部分のジャンルにおける物語の主人公の人称は、慣例的にこの機能で示されるからです。また、おそらく多くの物語が報告の談話形式をとっているということも、四人称ロゴフォリックの説明には必要となるでしょう。物語の内容全文が引用であることや、その物語の叙述者が誰なのか(「あるご婦人」など)ということは物語の最後の文 (7) で明かされます。こうしたなかで、四人称ロゴフォリックを使用したアイヌ語は慣例的に「私」と訳されますが、これは物語の実際の語り手(つまり、木村きみさん)を意図した「私」ではありません。物語のなかの語り手、つまり物語の主人公であるところの「私」なのです。
(7) |
タネ |
tane |
already |
もう |
オンネ |
onne |
be.old |
年をとる |
=アン |
=an |
=4.S |
=4.自主 |
シリ |
sir-i |
appearance-POSS |
様子-~の |
エネ |
ene |
like.this |
このように |
アン |
an |
exist.SG |
ある.単 |
イ |
hi |
thing/place/time |
こと/ところ/とき |
ネ(アニネ) |
ne |
COP |
~である |
クシ |
kusu |
because |
ので |
ア= |
a= |
4.A= |
4.(他主)= |
ポウタリ |
po-utar-i |
child-PL-POSS |
子ども-複-~の |
ア= |
a= |
4.A= |
4.他主= |
エパシクマ. |
e-paskuma |
about.APPL-tell |
~について-~に伝える |
セコロ |
sekor |
QUOT |
と |
シノ |
sino |
true |
本当の |
カッケマッ |
katkemat |
wife |
奥さん |
ハウェアン |
haw-e-an |
voice-POSS-exist.SG |
声-~の-ある.単 |
セコロ. |
sekor |
QUOT |
と」 |
人称標示は名詞に付いてその所有者を示すこともできます。このため、普通名詞は他動詞の主語人称標示 (8a) をとります(表1の「A標示」欄を参照)。また、いわゆる位置名詞は目的語人称標示 (9) をとります(表1の「O標示」欄を参照)。
このように、普通名詞が所有名詞(被所有者)として扱われる場合は、人称を表す接頭辞 (8a) によって所有者の人称と数が示されるだけではありません。その語根末の音素に応じて変わる所有格接尾辞 -hV や -V(hV) によっても表示されます。しかし、所有格接尾辞は実際の所有者の人称や数について何も言わず、所有者の存在だけを名詞に標示します。(8b) のように人称を表す接頭辞が無い形式は、所有者が三人称であるという解釈を自動的に得ることになるわけです。
(8) |
a. |
エチ= |
eci= |
2PL.(A)= |
2複.(他主)= |
オナハ |
ona-ha |
father-POSS |
父-~の |
b. |
アキヒ |
ak-ihi |
younger.brother-POSS |
弟-~の |
(9) |
イ |
i= |
4.(O)= |
4.(目)= |
エトク |
etok |
before |
前 |
目的語は格標示を受けませんが、付加語は格助詞(場所格、具格 (11)、共格など)を必要とします。一方、目的語が一人称や二人称である場合は、動詞に人称標示を伴いますが、付加語はその必要がありません。なお、動詞は、(10) のように目的語を二つとることがあります。しかし(通常、目的語の一つは三人称であり、それはもはや人称標示を必要としないため)二つのうち一つだけが動詞に標示されると言えるでしょう。
(10) |
ピリカ |
pirka |
be.good |
よい |
ウシケ |
usi-ke |
place/time-place |
場所/とき-ところ |
オナハ |
ona-ha |
father-POSS |
父-~の |
コプニ, |
ko-pun-i |
to.APPL-lift-TR.SG |
~に-(~を)上(げる)-他形成.単 |
(11) |
オラノ |
orano |
then |
それから |
ア |
a= |
4.(A)= |
4.(他主)= |
タシロ |
tasiro |
machete |
山刀 |
アニ |
ani |
by/with |
~によって |
キオトゥイェ |
ki-o-tuy-e |
reed-bottom.POSS.PF-cut-TR.SG |
カヤ-尻.~の.接頭-(~を)切(る)-他形成.単 |
=アン |
=an |
=4.S |
=4.自主 |
もう既にお気づきかもしれませんが、このコーパスの多くの動詞語幹には、単数 (SG) か複数 (PL) のいずれかがグロスされています。この単複の区別には、動詞語幹が様々な接尾辞をとることや、完全に別の語幹に代わってしまうものがあります。例えば、(a) sa-n(前‐自形成.単)「(一人の人が)海岸へ下る」– sa-p(前‐自形成.複)「多くの(人が)海岸へ下る」、(b) rayke 「(熊一頭)を殺す」– ronnu「多くの(熊)を殺す」。自動詞の場合、その複数性は (a) のように主語の指示対象が複数であることを示します。それに対して、他動詞の場合は、目的語の指示対象が複数であることを表すことが多いのですが、これは絶対的な規則ではありません。
実際のところ、アイヌ語の動詞が示す複数性は、行為の複数性(多回性)がもとになっており、それがいまも部分的に維持されているのです。これは特に他動詞の場合に明確となります。例えば、一匹の魚を何度も切ると言う場合でも、動詞の単数形 tuy-e「~を切る(単数)」の代わりに、動詞の複数形 tuy-pa「~を切る(複数)」を用います。行った行為の回数がカウントされるというわけです。
アイヌ語には、まさにそれが時制を表すような標示はありません。ただし、動詞の後に続く不変化詞や助動詞を用いて、モダリティや証拠性を示す巧みな手段を備えています。アイヌ語は、形式的に四種類の証拠性を表すシステムをもっています。命題はその情報源に応じて、視覚(siri、直訳:「~の様子」)、非視覚的感覚(humi、直訳:「~の音」)、伝聞(hawe、直訳:「~の声」)、推量(ruwe、直訳:「~の跡」)のいずれかの証拠性を用いて表すことが可能です。アイヌ語の証拠性は名詞起源の名詞化辞で、(12) や他の例文に見られるように他動詞的な繫辞(コピュラ)が続きます。ですから、(12) の直訳は「私はもう年老いた様子[あるいは、音/声/跡]である」となります。
(12) |
タネ |
tane |
now |
今 |
オンネ |
onne |
be.old |
年をとる |
アン |
=an |
4.S |
4.自主 |
シリ |
siri |
VIS.EV |
~の様子 |
ネ |
ne |
COP |
~である |
(13) |
ア= |
a= |
4.(A)= |
4.(他主)= |
サハ |
sa-ha |
older.sister-POSS |
姉-~の |
アイヌ |
aynu |
human |
人間 |
ネ |
ne |
COP |
~である |
ワ |
wa |
and |
して |
トゥラノ |
tura-no |
together.with-ADV |
~を連れる-副 |
アン |
an |
exist.SG |
ある.単 |
=アン |
=an |
=4.S |
=4.自主 |
フミ |
humi |
NONVIS.EV |
~の感じ |
ネ |
ne |
COP |
~である |
クナク |
kunak |
going/expected/should.COMP |
する予定/はず/べき.こと |
ア= |
a= |
4.A= |
4.他主= |
ラム. |
ramu |
think |
~を思う |
(14) |
ヘマンタ |
hemanta |
why |
なぜ |
ネ |
ne |
COP |
~である |
クス |
kusu |
because |
ので |
スクプ |
sukup |
growth |
成長 |
ホントム |
hontom |
middle |
途中 |
タ |
ta |
at |
~に |
ウク |
uk |
take.SG |
~を取る.単 |
アウェ |
hawe |
REP.EV |
~の話 |
ネ |
ne |
COP |
~である |
ワ, |
wa |
and |
して |
(15) |
アシヌマ |
asinuma |
4SG |
4単 |
アナクネ |
anakne |
TOP |
は |
ポンラム |
pon-ram |
be.small-heart |
小さい-心 |
ワノ |
wa-no |
from-ADV |
~から-副 |
ウエインカラ |
u-e-inkar |
REC-about.APPL-look |
互い-~について-目を向ける |
ペ |
pe |
thing/person |
もの |
ア= |
a= |
4.A= |
4.他主= |
ネ |
ne |
COP |
~である |
ルウェ |
ruwe |
INFR.EV |
~のこと |
ネ |
ne |
COP |
~である |
複統合的な言語では他言語と比較した場合に、その動詞が全文の情報を含んでいることがあり、その意味で動詞自体が自らを補っています。例)nis1-o2-sit3-ciw4「雲1 の2 尻2 が地平3 を刺す4 (ところの向こうに)」(K7807152KY.027)。
アイヌ語の複統合的な特徴は、いくつかの標示で表される広範な態のシステム(相互、再帰、逆受動、使役、逆使役、充当態)や名詞抱合((16) の ipe「食事」を参照)、前述した動詞の主語/目的語人称標示にはっきりと見てとれます。
(16) |
ヤイペエコスンケ |
yay-ipe-e-ko-sunke |
REFL-food-about.APPL-to.APPL-lie |
自分-食事-~について-~に対して-嘘をつく |
ここではアイヌ語についてとても短く紹介することしかできませんでしたが、みなさんがご自分でテキストを学習する際の手助けとなり、アイヌ語の特徴を心から楽しんでいただくきっかけになれば幸いです。
アンナ・ブガエワ
■アイヌ口承文芸のジャンルについて
本コーパスでは、神謡(カムイユカラ)と散文説話(ウエペケレ)を取り上げました。この他によく知られている口承文芸として、空を飛ぶなど人間離れした力を持つ主人公が活躍する英雄叙事詩(ユカラ)と呼ばれる韻文の物語があります。
神謡は、サケヘと呼ばれる折返し(リフレイン)の言葉をはさみながら語られる韻文の物語です。沙流方言ではカムイユカラといいます。神謡の一行は基本的に4~5音節で構成されます。この音節数を合わせるため、意味のない決まった言葉(日本語グロス「虚辞」参照)が入れられることもあります。
本コーパスではサケヘをVという記号で示しました。サケヘはそれぞれのお話ごとに異なっていて、一つのお話に複数のサケヘがあることもあります。
神謡には、カムイ(「神、精霊」)が自分の体験を語るという形のお話が多くみられます。本コーパスには火やケムカチカッポという鳥が主人公となるお話が収録されています。主人公となるカムイは上記のように動植物や自然に存在するものであることもありますが、舟などの人工物であることもあります。本コーパスに収録したお話でも火のカムイが針仕事をしている描写があるように、カムイはカムイモシリ(カムイの世界)では人間と同じような生活を送っていると考えられています。
散文説話は、音節数の調整を意識しない散文で語られる物語です。沙流方言ではウエペケレといいます。
散文説話には、人間の主人公が年老いて亡くなる前に、これまで自分の人生で起きた出来事を言い残すという形のものが多くみられます。本コーパスに収録したお話では、クマに惚れられたり、トパットゥミ(群盗、夜襲)がやって来たりといった波瀾に富んだ出来事が語られます。主人公はそれを乗り越えたのち、結婚して子供にも恵まれます。そして、食べ物にも困らず何不自由ない暮らしを送り、天寿を全うしたという形で締めくくられます。主人公が子孫に向けてメッセージを残すこともあります。本コーパスに収録したお話では、良い行いをすればカムイに見守られて幸せになれるということを主人公が子孫に言い残す場面がみられます。
この他に主人公が二人登場し、成功した片方を見て、もう一方がまねをして失敗するというパターンのお話もあります。本コーパスにもこのタイプの物語を収録しました。
また、和人に伝承された物語を取り込んだもので、散文で語られる物語(シサムウエペケレ 和人の散文説話)もあります。
小林美紀
■謝辞
音声データ録音のご協力ならびにアイヌ語沙流方言についてご教示いただいた木村きみさん、千歳方言についてご教示いただいた小田イトさんに、深く感謝を申し上げます。
また、本資料の公開をご許可いただいた、木村きみさんのお孫様の木村保則さん、そのお母様の木村シゲさん、小田イトさんのご子息の故・小田ヒサオさん、ご息女の上野セイコさん、小田トモコさんに深く感謝を申し上げます。
さらに、以下の方々にも感謝を申し上げます。(五十音順)
- 赤瀬川史朗さん(Lago NLP):オンライン成果物の開発
- 遠藤志保さん (北海道博物館研究職員、国立国語研究所プロジェクト共同研究員):テキストの行分け
- 貝澤珠美さん(Sikerpe Art):インターフェースのアイヌ文様の作成
- ルメ・セラーさん(翻訳事務所):英語校閲、翻訳
- 長崎郁さん(国立国語研究所プロジェクトPDフェロー):データの処理、特にToolboxソフトウェア使用に関するアドバイス
- 深澤美香さん(千葉大学博士課程、国立国語研究所プロジェクト共同研究員):音声の編集、翻訳
- 吉川佳見さん(千葉大学博士課程、国立国語研究所プロジェクト研究協力者):カタカナ表記及び音声的特徴についての情報提供
■ご利用にあたって
1. | 【動作環境】ブラウザはChrome、Firefox、Edge、Safariの最新版に対応しています。 | |
2. | 【論文・記事を公表する場合】『アイヌ語口承文芸コーパス―音声・グロス付き―』を研究・教育に利用して論文や記事を執筆される場合は利用した旨を明記してください。
|
■更新履歴
2016/3/23 | ver.1.00 公開(沙流方言物語10編) |
2017/3/31 | ver.1.10 公開(全文検索機能の強化) |
2018/3/31 | ver.1.20 公開(沙流方言物語13編追加) |
2020/3/31 | ver.1.30 公開(千歳方言物語7編追加) |
2021/2/22 | ver.1.40 公開(千歳方言物語8編追加) |
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